breath of air
〜 そ よ 風 の よ う に 微 弱 な 日 記 〜
私は誰でしょう
 「言葉が行き来することによって、人が人に触りもしないのに、人が動く」。この一文を読んだ時、ハッとした。普段、意識することはない。まるで空気のように当たり前にある声の存在。それって実は、ものすごく神秘的なものだったんだと気づかされたような気がした。生まれてしばらくは泣くことしかできない人間という生き物。赤ちゃんにとって大人が発している言葉というものは大変不思議なものだろう。私は、どのようにそれを見ていたのだろう。その答えは、この文章と自分の見てきた夢を照らし合わせることで、非常にもどかしい思いをしていたのかなと推測される。
 例えば、ブログにもアップした「最近見た夢」では、激しい風音と雨音でうまく会話が出来ていないし、「印象的な夢」でも自分のお葬式の場面で「私はここにいる」と叫んでも誰も気づいてくれない。それは欲求があるのに、話したいのに話せないというもどかしい気持ちを持っていたからなのかなと思う。そう言われてみれば、幸せに満ち足りた夢を見たことは少ないかもしれない。好きな芸能人に会っていたり、誰かと恋に落ちたりと、いい夢だったなと思えるものはいくつもあるが、いつもどこか何かが足りない気がする。「本当はこうしたいのに」と思っていたり、手を伸ばしてみても目標物に届かなかったり、結局どこか幸せになりきれない夢の中の自分がいる。それは言葉の力が足りない気がする。
 そもそも、私の夢に声が出てくること自体が少ない。たいてい心の中で思ってることだったり、映像だけだったり、そういう夢が多い気がする。このプリントによると、「言葉を話すようになった瞬間が人間として自己を自覚する」、「それは空を飛ぶという運動感覚の中で結びついてる」とあるが、私は空を飛ぶ夢を見たことはないし(忘れているだけかもしれないが)、結局自分の思いが伝わらなかったり、欲求を満たせないまま夢から覚めてしまうことが多いので、未だに自己を自覚出来てないのかもしれない。どこか自分に自信が持てないし、自分の本性が自分でも見えないし、そういった不安が夢になって現れるのかなと思った。とりあえず人間として言葉を話せるようにはなっても、他の人が当たり前に見つけてきたものを、私はまだ見つけられていない気がする。
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2007/05/25(金) 01:49:57 | 夢について